1月3日
この正月休みはハリーポッターを見て終わった。勿論映画の方である。「賢者の石」から「死の秘宝」までの8作品を一気見し、その合間に買い物とかをしていたならば1週間などあっという間に過ぎ去り、そして僕の冬休みは明日で終わる。
家でパソコンに張り付いて映像を見るという事だけに僕の正月休みは費やされたわけであるが、「もっと他にやることは無かったのか?」と自問したところで特に何も思いつかなかった。つまり、僕はこの休みに満足しても良いということであり、めでたい。
正月
僕があまり出かけていないからなのかもしれないが、今年は「正月感」を感じていない。そりゃ家でずっと映画を観ているだけの人間に「正月感」が訪れないことは道理なのかもしれないが、僕の幼少期の記憶を参照した限りでは、正月というのはもっとうるさかった印象がある。
というのも、それなりに親戚が多い方である僕の家には正月になると多くの人間が来訪していた記憶があるのである。
約10年前に大学へ通うべく家を出て以来、あの騒がしさを感じることは無かったし、大学の後にはサービス業やインフラ系に勤めていたがために正月は普通に仕事だった。
別に僕自身は正月を特に重視しているわけではないから「正月感」を感じずとも別にいいのだけれども、「正月であるから休み」であるのに正月を感じないというのも、やはり少しばかり不安になるものだ。
「特に重視しているわけではない」とは言ってみたものの、結局僕は正月の重みに負けているのである。「勤労感謝の日に勤労に感謝するか?」と言われればそうではないし、「昭和の日に昭和時代に思いを馳せるか?」と問われればもちろんその限りではないのだが、なんとなく「正月」はその根拠を逃してはならないような気になってしまうのである。
そこで色々と身の回りを探ってみたのだが、家にあるものの中で最も正月を感じられるのはテレビであった。
インターネットは正月以外の様々な時間の情報があまりにも多すぎて正月を感じることは難しかったし、ラジオを聞いてみても思ったより正月感は感じられなかった。対してテレビはあからさまに正月であった。
正月を感じられずに悩んだ日にはテレビをみるのが良いというのがこの数日間で得た学びである。
今日は少し買い物に出た、本屋と無印良品をはしごしてココスを食す。
無印で購入した冷凍の肉まんがおいしい。
ココスではロボットが大活躍していた。
調べてみると「ケティボット」というものらしく、すかいらーくグループで活躍する例のネコ型ロボットの小さい版らしい。
彼らは1台190万円ほどするようである。すごい。
ちなみに例のネコ型は370万円ほどのもよう。どえらい。
corvuscorax